福井県剣道連盟 強化スーパーアドバイザー 高橋俊昭先生を偲ぶ | 福井県剣道連盟

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福井県剣道連盟 強化スーパーアドバイザー 高橋俊昭先生を偲ぶ
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全日本剣道連盟常任理事、京都府剣道連盟理事長で、福井県剣道連盟強化アドバイザーの髙橋俊昭先生が、かねてより病気療養中のところ、2025年1月25日(土)にご逝去されました。76歳でした。謹んでお悔やみ申し上げます。

高橋俊昭先生を偲んで

■専務理事 西川 譲  

平成30年福井しあわせ元気国体選手強化部長を平成25年度から担当するようになり、先催県の強化アドバイザー招聘について調査をしました。結果、どの県もアドバイザー3人態勢を取っていることが分かりました。本県も執行部会で、平成25年度より成年男女と少年男女の両方のご指導を頂く総括アドバイザー、成年男女のアドバイザー、少年男女のアドバイザーの3人態勢を取ることを決定し、人選に入りました。
執行部会で協議した結果、全剣連にご推薦をお願いすることになり、当時全剣連専務理事を務めておられた福本修二先生にご推薦をお願いしました。
福本先生からは、総括アドバーザーに佐藤成明範士八段、成年男女アドバザーに髙橋俊昭範士八段、少年男女アドバイザーに神﨑浩教士八段をご推薦いただきました。
早速、髙橋先生にお電話でお願いをしたところ、「福井国体のアドバイザーですか。福井は好きでないので断る」の一言でした。私が「全剣連の福本先生から『髙橋先生にお頼みしろ、嫌と言ったら福本の推薦だと言いなさい』と言われました」と話ししますと、「なぜそれを初めに言わない。福本先生のご推薦では断れない」と言われ引き受けていただきました。
まもなく、先生は全剣連強化委員会委員長と16WKC日本チーム総監督となられました。
全日本チームのご指導のお忙しい中、11月に県立武道館に成年男女強化選手を集め、第1回のご指導を頂きました。
「全日本チームと同じ練習をやってもらう。愚直なまでに素振り、打ち込み練習をやるぞ!」と言われ、素振りからご指導が始まりました。私たち福井県強化選手・指導者は、初めて1,000本素振りと打ち込み稽古を体験しました。今では1,000本素振りをするぞと言われても驚きませんが、その時には腕は上がらない、足腰はカタガタ、全員が疲労困憊となりました。
ご指導が終わって応接室にご案内するときに、髙橋先生から「西川、このメンバーで俺に何をしろと言うんだ」「基本からやり直すぞ」「お前は選手と一緒に稽古しろ」「嫌われ者になれ。選手を絶対に甘やかしてはダメだぞ」とお話しされたことを今でもはっきりっと覚えています。
それからは、福井国体に向けて本当に一生懸命ご指導いただきました。京都から何十回となくお電話をいただき、一人一人の選手の指導についてアドバイスを頂戴しました。
髙橋先生は、福井国体総合優勝の恩人です。私は一生髙橋先生からのご恩を忘れません。常に先生が仰っておられた言葉「福井県は剣道強豪県なるんだ!」を忘れずに、私たちが剣道強豪県になることが恩返しだと肝に銘じています。

髙橋先生のご冥福をお祈りします。

■常務理事 堀江 範雄

高橋先生との出会いは、私が20歳の頃、京都府警察に長期間剣道訓練に派遣され時のことでした。基本稽古中、ツキを突かれ道場から外へ吹っ飛ばされたことがありました。その相手が高橋先生でした。昔からあの風貌で本当に怖かったです。それが最初の出会いでした。
それから福井国体の強化稽古会を始めようとした時期に「挨拶がてらに京都稽古会に行こうか」と軽い気持ちで参加しました。あれから30年!久しぶりに高橋先生と稽古をさせて頂きました。構えた途端、昔の稽古がフラッシュバック!アッと思った時には何度もツキを頂き壁まで吹っ飛ばされ、常にかまぼこ状態(身が板に着いていること)でした。そして気が付けば、私の後に並んでいた人はさざ波のごとく、サアーといなくなりました。お蔭で私は高橋先生にひとりじめして頂きました。稽古が終わり「もう次回は絶対に参加しない!」と思いながらフラフラの状態で高橋先生に終わりの挨拶に行くと「今まで京都の稽古会に来ないで何をしていたんや!」と言われ、私は「はっ!」となり、やはり我々のことを気にして頂いたこと分かり、大変嬉しかった半面、自分に甘いことに反省しました。
高橋先生は当時世界剣道大会のJAPANの総監督であり、お忙しい中、本県のアドバイザーもして頂きました。強化稽古会には必ず来られて一緒に稽古をして頂きました。
強化稽古会の内容は、そんなに難しい技等のご指導はありませんでしたが、常に「当たり前のことを当たり前にやる」「基本重視」「声、姿勢」そして「床を踏んでなんぼや!」。この稽古の外に「もっと外に出て稽古しなさい!」「日本一になる自覚」を何度も言われました。また個人的には「堀江、お前は何をしとるんや!大将やろ!腹をくくれ!」と叱咤激励を頂いたことが何度もありました。しかし、一旦稽古が終わるとニコーっと満面の笑みで「やればできるんや」と優しく、特にお酒が入ると一段とその優しさがありました。ON,OFFのメリハリが大変印象的でした。いつも強化で来られた時は、食事後必ずホテルの部屋までお見て、ドアを閉めるとき「はい、お疲れさん。いつもありがとう」と言われニコーっと笑われた顔が懐かしいです。
結局国体では成年男子は日本一にはなれませんでしたが、世界一の先生にご指導して頂いたことが誇りであり、こんな幸せなことはありません。先生とお会いできたことが私の宝です。
これから恩返しと思っていた矢先にお亡くなりになられ大変悔しくてたまりませんが、先生からの教え、特に「床を踏んでなんぼ」、「外へ出て稽古しなさい」のご指導と「腹をくくれ」のお言葉を肝に銘じ精進していきたいと思います。
「髙橋先生、我々は先生の事を決して忘れません。ありがとうございました。」 合掌
葬儀の最後お別れの時、ASKAさんの「PRIDE」の曲が流れた時は涙が止まりませんでした。

■小辻 淳二

髙橋先生には福井国体前からご指導をいただきました。「声を出さんか!」2年間、試合で勝つことがなかった私に髙橋先生からは細かい指導はありませんでした。気持ちをつくることの大切さを学びました。
私の手ぬぐいの糸くずをちぎって見せて、「日本一になるんだから、こういうことが大事なんや」見えないところまで神経を向けることを教えていただきました。
福井国体2日前の食事会で、「おい、副将、お前わかっとんのか!勝負はすべて副将に回ってくる。お前、負けたら、九頭竜川に○○○ぞ!」人生において最高で最大の武者震いを感じました。
福井国体の1か月後、失意のどん底にいた私に、「これまでの経験をこれからの生活や剣道に生かしていくことが大事なんや」と励ましの電話をいただきました。
鹿児島国体試合前に、「おい、大将、お前わかっとんのか!勝負はすべて大将に回ってくる。お前ら、負けたら、桜島に○○○ぞ!」ボルテージが最高潮に上がりました。
令和5年11月、審査前に「気迫 打ちつけること 打たれたらダメ 頑張ってください(ピースサイン)」とお茶目なアドバイスメールをいただきました。
昨年11月、八段合格の後、真っ先に髙橋先生に電話をしました。「よかった よかった 本当によかった」と何度もおっしゃっていただきました。八段に合格した喜びよりも、髙橋先生によかったとおっしゃってもらえていることが嬉しく思いました。
葬儀では最初から最後まで涙が止まりませんでした。
髙橋先生、ありがとうございました。

■道内 由佳里
長年にわたり、国民体育大会のアドバイザーとして多大なるご尽力を賜りました高橋俊昭先生が令和7年1月25日にご逝去されました。京都のご自宅にてご家族が見守られる中、眠るように息を引き取られたそうです。棺の中の先生は二重の剣道着を着用されており、やはり凛としておられました。
先生は国体福井県チームのアドバイザーとして選手たちの技術指導はもとより、精神的な支柱として、常に温かく、そして厳しくご指導くださいました。先生のご指導のおかげで、多くの選手が大きく成長し、国体での輝かしい成績を残すことができました。
先生は、常に剣道に対する情熱を持ち続け、その卓越した技術と深い知識で、私たちを魅了し続けました。先生の教えは、剣道の技術だけではなく武道家としての心の在り方、そして人としての生き方にもおよび、私たちの心に深く刻まれております。
先生の訃報に接し、深い悲しみに包まれておりますが、先生の温かい笑顔、そして力強いお言葉が、今もなお脳裏に焼き付いております。先生からいただいた数々の教えを胸に、私たちはこれからも剣道の道を精進することをお誓い致します。大好きなお酒を飲み、大好きなカラオケで歌を歌いながら、いつもの笑顔で天国から見守っていただけると幸いです。

先生のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

 

2019年9月の茨城国体にて

 

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